歌う機械と抽象性

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人間のように歌う機械を作るにはどうすればよいか?

ひとつの手法は、かぎりなく人体に近いモデルを作ることである。発声で一番むずかしいのは、「口」の部分。人間は歯や舌や、唇、そして鼻の穴までも使って、複雑な言葉を発している。であるならば、それらすべてを人間に近い素材で作り、筋肉の動きを正確に再現すれば、人間のように言葉をしゃべる機械が作れるのではないか・・・・・これは素直なアプローチだ。

しかし、僕はそのアプローチではうまくいかない、と思っている。人間を機械そのまま置き換えたときに、機構の中で少しずつたまっていく違和感が、最終的には大きなものとなり、「なんだかおかしい」機械になるだろう。

これは、絵画でいえば、「具象」の世界である。いや、具象であろうとも、それを人間に見せるために「抽象」な要素を必ず使う。絵具という鉱物で人間という生物を再現するのだから。

人間でないもので人間を作る行為は、芸術家は古代からおこなってきた。彫刻という静的なものではなく、歌う、という動的なものであっても、物理現象のなかに、まるで人間のような生々しい「抽象性」を見つけることができれば、人間のように歌う機械ができる、と僕は信じている。

人間らしさとはなんなのか。

ヒューマニズムではない。それとは対局の、冷たい理性で物質の中に見つけ出した、非人間的なもの。抽象の世界の機械でないと、人間らしさは、作れないだろう。

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